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これはね、壁に呼ばれたの。


まるで絵のように生々しく、鮮やかで、立体感のある、 おそらくはレンガ造りの建物の壁。 その、圧倒的臨場感をもつ1枚の写真を前に、思わず聞いた。 「依田さん、この壁の質感、いったいどうやって出すんですか?」 依田さんの答えは短く、シンプルだ。 「これはね、壁に呼ばれたの」 あっさりそう言って、他の人に声をかけられて、いってしまった。 少しの間を置いて、その答えをようやく飲み込む。 つまり、テクニック的なことではないのだ。 壁に呼ばれて撮ったら、この質感が出た。それだけのこと。 思いがけない回答に、もう1度、壁の細部までをじっと見つめた。 くっきりと、せり出してくる壁。 奇跡的な構図。陰影の美しさ。 しかし、そう理解すると、答えはそれ以外にないような気もしてくる。

 

牧郷ラボつながりで仲良くさせていただいているカメラマン、 依田恭司郎さんの1日だけの個展に行ってきた。 もう何年前になるのだろう。 依田さんがSNSに、ある1枚の写真をアップしたことがあった。 それまでも面識はあった。そしてほうぼうから どうやらすごい人らしい、という話は聞いていた。 でも、実際に作品を見る機会はなかなかなくて その1枚が、初めて見た依田さんの写真になった。 それは、あるモノを写した、写真。 その圧倒的な佇まいに私はガツンとやられてしまった。 とんでもなく躍動感があるのに、静謐な、 なんの写真かよくわからないのに、そのものを言い当てているような。 そんな「モノ」の写真を見たのは、初めてだった。 すごいとは聞いていたけれど、こういうことか! あまりにも感動し、以来、 私はカメラマン・依田恭司郎の大ファンである。

 

今回、展示されていたのは、 依田さんが30代ごろに撮った作品ばかりだった(もちろん初めて見る)。 玄関に飾られた1枚から、早くもガツンとやられてしまう。 「…ねぇ。これ、絵じゃないの? 写真なの??」 ガツン、ガツン、ガツン。 歩みを進めるたびに、ガツン、とくる。 依田さんの写真からは、現在進行形で何かが滲み出てくる。 毎回、感触が違う。見るたびに、違った驚きと感動がある。 (たぶん、最低3回ぐらいは見たほうがいい) そこにはなんというか、散りばめられた、奇跡の瞬間がある。 見るたびに色を変えてしまうほどの豊かな色彩を携え、 うごめいている何かがピタリと止まる瞬間が、確かに、あるのだ。 「どうやったら、こんな写真が撮れるんだろう」 一緒に行ったカメラマンのよっしーと、 思わずため息をついて、ぼやきあう。

 

いろいろな人がきていて、昔の話もいろいろ聞かせてもらった。

依田さんは昔からいつもそうだよ。 どうやってこの写真を撮ったんだって聞いたら 「呼ばれて」シャッターを切ってるんだって。 どうやったらこの瞬間、この構図で撮れるの? という写真。 呼ばれるままに撮っていると、そうなるのだと言う。 ガツン。 すごい。すごいなぁ。 それってもちろん、才能もめちゃくちゃあると思う。 でもきっと、それだけじゃない。 いろいろな技術や努力やセンスや、写真を追求する心や、 さまざまな思考や感情や、それから、被写体に愛されてしまう何か。 その瞬間を見逃さない繊細な感覚。 そういうものがあって、初めて「呼ばれる」のではないだろうか。 導かれるように、生まれた作品たち。 どれもこれも、全部いい、と思った。 「依田さん、全部いいです」

思わず、そのまま伝えた。 ひとつひとつ、くっきり目に焼き付いている。 離れがたくて、帰らねばならないぎりぎりまでいた。 最後によっしーが、依田さんとの写真を撮ってくれた。 感動して、いっぱいワクワクした、いい顔をしていた、おれ(笑)。

会場で、依田さんは昔、雑誌「SWITCH」でよく写真を撮っていたことを聞いた。 「SWITCH」は、私が20代前半に貪り読み、今の私の文体を形作るきっかけにもなった雑誌だ。 依田さんが撮っていたのは、おそらくそれよりももっと前。

家に帰ってきて、思い出した。 人からいただいたまま、本棚に入れっぱなしになっている古い号がある。 1988年発行のSWITCHを、もしやと思って開いてみた。 依田さん、いた。 しかも今日、会場で見た写真もいくつか、掲載されている。 知らなかった。ずっと、手元にあったんだ!

 

表現して、形をつくる。

厳密には、形あるものは、いつか消えてなくなるかもしれない。 でも、感動した気持ちや楽しかった気持ちや 心の揺れや感情のうねりは、じつは簡単にはなくならない。

この先ことあるごとに、

私は思わず、今日という日の感動を伝えるだろう。 それをまた、ほかの誰かが伝えるかもしれない。 そんなふうに見えないものこそが続いていき、 結果、形あるものを残していく。

(たとえば本棚の古い雑誌が、ある日突然、宝物に変わるように) そうだ。 いつでも、順番はそうでなくては。

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